2005年01月14日

"ペーパーレスキャンパスで紙が持つ意味を考える"記事で情報と物質について考える

ペーパーレスキャンパスで紙が持つ意味を考える - CNET Japan
http://japan.cnet.com/column/tm/story/0,2000050611,20080017,00.htm

上の記事を読んで少し考えてみました。これを読むと、SFCはペーパーレス、つまり大学におけるレポート課題の提出やら卒業論文・学位論文などの提出の際、紙に印刷しなくても良い環境 (HTMLやWord文書、PDFなどで提出可)が整っているそうです。これは確かに無駄な紙の使用が減り、提出する学生の手間も省け、採点する側にとっても、それなりのメリットがあることなのかもしれません。

昨今、コンピュータおよびネットワーク整備のおかげで、ありとあらゆる情報が手軽なカタチで得られるようになってきました。インターネットにおける音楽配信や動画配信、あるいは研究者でしたら、いまどき紙で印刷される論文を待っていたのではとても仕事にならないくらいに論文のPDF化は普及しています。

またVMwareに代表されるような技術によって、仮想的にあるOS (例えばLinux) の上に別のOS (たとえばWindows)を乗せることも出来ますし、エミュレータのようなもので、昔のファミコンやMSXなどのようなテレビゲームをパソコン上で動かすことも出来ます。外出先で音楽を聴く場合にもポータブルCDプレーヤを使う人も近いうちに居なくなるのではないかと思われるくらい、ipodのようなプレーヤは普及し始めています。

このような状況をみますと、ともすると大事なのは中身のデジタル情報で、物理的な品物はただ場所を食うだけのシロモノに見えてきてしまうかもしれません。しかし、このような方向だけに物事が動いているかというと、そうではないような動きもあるように思います。つまり、「物質」を捨てて「情報」に走ったあと、一周してまた「物質」に戻ってくるような動きです。

たとえば、昔MSXを遊んだオトナが、この平成の世に公式エミュレータMSXPLAYerやiモードで、久々にボコスカウォーズをやったとします。


うっひょー、懐かしい!!
♪進めー進めー、ものどーも♪



などとディスプレイの前で叫びながら遊んでいるうちには良いのですが、だんだん昔が思い出されてきて (MSXにのめり込んだ度合いに比例して)、ついには


(MSX本体に) ROM差してー!!


と強く願うようになります。そして幸か不幸か、この例のオトナはその年齢層からいって現在、自由になる金をそこそこ持っています。自然、自分のこづかいでは当時買えなかった憧れの名機コレクションに走る・・・という図式。

あとは、アキバなどの裏道の露店で売ってる100in1など (ファミコンカセット100本が1つにまとまってる) 非合法的な怪しい品物でも同様の現象が起きているように見受けられます。私の友人は、ファミコンミニなどでは到底我慢が出来ず、当時のROMカセットを箱付説明書付で集めているため、アイスクライマーに数千円投資していました。パソコンにしても古いのをヤフオクで落札しまくって部屋中コレクションだらけという剛の者も存在します。いまに始まったことではないですけども音楽にしても、アナログレコードに回帰しちゃう人は少なからずいますし。


まぁ、物事なかなか一筋縄にはいかないですし、時代は巡るのかなと思わずにはいられません。かくいう私も一周まわった感がありまして、某ブックオフの105円本などを中心に書籍を買い漁り、軽いネット書店なら開けるぐらい積読 (つんどく) しております。←オイ


注: bioinfomaticsに関係なくてすみません。何かをrecommendしているわけでもありません。
posted by soreyuke at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | recommend | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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